イルカ先生のオカンアート伝説
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イルカオカンアート爆誕

羊毛フェルト

書類を片手にテンゾウは廊下を歩く。今日は風もなく暖かな日差しが廊下に差し込んでいる。今日一日穏やかな日が過ごせそうだ。
 薄い青色が広がる空を横目に、執務室の扉の前に立った。ノックをすると、少しの間の後にカカシの声が返ってくる。テンゾウは扉に手をかけた。
 カカシの様子がおかしいと思ったのは、話をしながら相づちしか返さなくなったから。
 普段から人より倍以上の仕事をこなし、常に朝から晩まで働いている。いつものように文句を口にしてくれた方がよっぽど分かりやすいが、今日は違った。机の上に片肘を付き手のひらで顔を支えながら、その視線はぼんやりと窓の外の景色へ向けられている。端正な顔立ちなだけに、もしここでくノ一達がいたらうっとりとしたため息が漏れそうなものだが、ここには生憎自分しかいない。
 虚ろな眼差しに、仕方がないとテンゾウは一端説明を止めた。
「火影様」
「火影様は止めろって言ってるでしょ」
 そこだけは直ぐに反応が返る。が、視線はまだ窓の外に向けられたまま。ふむ、とテンゾウは息を吐き出した。
「・・・・・・では先輩、どうしたんですか?さっきから」
 話は聞いている事は分かってはいるものの、明らかに上の空のような態度は業務に追われ疲れているとは言え、そのまま見過ごすわけにはいかなかった。先代の綱手も山の様な仕事を抱え、(実際に机の上も書類で山積みが日常だった)仕事片手に説明を聞いていたくらいだ。彼女の場合は興味が全くないものには無関心だった、と言う事実も付いているが。
 カカシは基本興味あるない関係なしに、他人任せはせず全て自分が目を通している。
 だから尚更だった。
 尋ねるテンゾウに、カカシはようやく青い目をこちらに戻した。
「お前さ、手芸得意?」
「・・・・・・は?」
「あー、違うわ、芸術センスってある?」
「は、いや・・・・・・特に・・・・・・」
 突飛な質問に言葉を濁してそう返すと、カカシはふう、とため息を一つ零した。
 冷静な顔の下で、テンゾウはどうしのだろうと内心顔を顰める。カカシがこんなにおもむろに落ち込んでいる事はそうない。
 まあ、あるとすれば大体それは一つの理由に絞られる。
「・・・・・・イルカさん、ですか?」
 聞くと、んー、とため息混じりの肯定的な声が返ってきた。
「これ秘密なんだけどね、来年の披露宴に向けて最近イルカが子供達にプレゼント作ってるのよ」
「へえ、それは素敵な事ですね」
「まあね」
 そこでカカシは背もたれに体重を預け、年季の入った椅子がきいと軽く音を立てた。またしてもカカシの視線はふわりと窓の外を向く。
「先生めっちゃ楽しそうなの」
「ええ」
「イルカも仕事忙しいし、家事もあるし。だから少しずつ丁寧に作り進めてるの」
「はい」
「でもさ」
「はい」
「何作ってるのか分かんない・・・・・・」
 息を吐き出すように薄く微笑みながら。その微笑みには明らかに哀愁が漂っていた。
 テンゾウは言われた言葉を頭で反芻してみる。
 何を作っているのか分からない。
 それは、どう言う事だろうか。
 逆に、カカシが何を言っているのか分からない。
「・・・・・・分からないなら聞けばいいじゃないですか」
「それってなしでしょ」
 またしても即答され、睨みに近い眼差しが返ってきた。思わず、すみません、と謝る。
「俺あの人の伴侶なの。分かる?それなのに、楽しそうに、嬉しそうに作ってるのに、それが何なのか分かんないって。あり得ないでしょ」
「いや、だからって、あり得ないとかでは、」
 カカシはぶんぶんと首を横に振った。断固としてこっちの意見を受け入れない姿勢は、口には出さないが、イルカに随分似てきたものを感じる。カカシはまた盛大にため息をついた。今度は天井を仰ぎ見る。
「だってさ。ことごとく俺が言う答えとイルカが返す答えは違うんだよ。あの人は特に気にしてないけど、一個も当てられないって。先生、きっといつか俺に呆れる」
 悲しそうにカカシは言う。
 解決できそうにない悩みに、テンゾウはただ、はあ、と相づちを内ながら話を聞く事しか出来なかった。

 あのカカシをあんなに悩ませるイルカの作品。
 一体どんな物を作っているのだろうか。
 イルカの事をそこまで深くは知らないものの、イルカの性格は把大体は握している。それに、教師なのだから、そこまで手先が器用でない訳がないし、カカシのほつれた服もイルカが丁寧に繕ってくれていたが、それなりに綺麗に仕上がっていたのも知っている。以前数回料理をご馳走になったが、手が込んでいる訳ではないが、素直にどの料理も美味しかった。
 そこで話は戻る。
 カカシは勘が鋭いほうだ。だが、そんなカカシでも当てられない。イルカがどんな物を作っているのか、興味が沸いたテンゾウは、夜、こっそりとイルカがカカシを待つ火影の邸宅へ向かった。
 屋敷は広いが二人が使っている部屋は限られている。庭に面した大きな部屋とその奥の寝室。そして生活に必要な場所のみ。
 明かりが灯る窓は広い庭から難なく覗くことが出来た。
 イルカがせっせとちゃぶ台に色々広げ、何かを作っている。テンゾウは気配を消しながら、イルカの手元をじっと見つめた。
 見えたのは青く細長い何かだった。イルカは毛糸みたいな物を一生懸命にその物体に付けては針でちくちく刺している
 その姿はテンゾウから見ても実にほほえましく、イルカの横顔もまた子供を思っているのだろう、暖かい視線をその手の中にある物に向けている。
 しかし、アレが何なのか分からない。
 大体予想が付くと、高を括っていたのは確かだった。子供に向けての事だろうから可愛らしい人形や子供の好みそうな何か。のはずなのだが。
 カカシの気持ちがここで初めて分かり、テンゾウは眉を寄せた。
 あんなに健気に作っているのに、全く違うものを言ったらイルカが傷つくのではないかと、そう思って当然だ。
 いやしかし分からない。
 考えている内にもイルカの手の中の物は、手持ちの青い毛糸で覆い包まれていく。
 そこにカカシの気配を感じ取った。
 その通り、カカシが玄関から部屋に入ってくる。
「おかえりなさい」
 イルカが手を止め、カカシへ顔を上げた。うん、とカカシは応えふわりと優しく微笑む。二人はつき合っている頃から数えたら何年にもなり、出来上がっている空気はその年月を重ねたものを感じ取れるが、周りから見てもその空気は全く色あせてはいない。
 そこから、カカシの視線はイルカの手の内にある物に移動した。たぶん、今日初めて目にしたのだろう。僅かながらにも動揺したのが、テンゾウから見ても分かった。
 ちょっと根を詰め過ぎちゃいました。と笑うイルカに、カカシは合わせて微笑むものの、目があまり笑ってはいない。
 たぶん、それが何なのか頭の中で必死に考えているのだ。
 頭が真っ赤で細長い体は真っ青。そんな生き物が実際にいたら、口寄せでしか出てこないような、珍獣に近い動物か何かにしか見えない。もはやテンゾウにもそれが何なのか予想が出来なかった。
 あの形からして浮かぶのは、蛇。いや、ミミズか。いや待てミミズなんて子供が喜ぶ訳がない。しかし自分が浮かぶような答えではないとカカシが悩んでいたくらいなのだ。絶対に蛇ではない。
 では、何なのか。
 
   カカシの緊張がテンゾウにも伝わり、思わず唾を飲み込んでいた。
 上手に出来たでしょう?とにっこり微笑むイルカに、カカシもまた、うん、と微笑み、ーー。
「それは・・・・・・ずばり、ツチノコ・・・・・・だね?」
 恐る恐る聞くカカシにイルカはにこりと笑顔を浮かべる。
「鳩です」
 ((鳩ーーーーーーー!!))
 カカシとテンゾウの心の声が木霊した瞬間だった。
 
 芸術とは、奥が深いものである。

 後日カカシから、イルカが作った毛糸で作ったものは、全て縁起を担ぐものだと知らされた。
 こけしは子供の成長、モマ笛(フクロウ)は不苦労、起き姫は安全、猫に蛸は招福とご多幸、そして神鳩はお守り。
 一針一針に込めた思いが子供たちにきっと届くに違いない。
これをやった変な人たち 天空 なないろ pin
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